考察~「日本の雇用と中高年」を読んで 

「Hamachan」の名で知られる労働政策研究者、濱口桂一郎氏。わが国の雇用労働問題が象徴的かつ端的に現れる「中高年」というテーマに焦点をあてることで、本書は「若者と中高年の雇用問題」「日本型雇用と高齢者政策」「定年」「年齢差別禁止」等の中高年に関連するトピックスを縦横無尽に論じています。

さて、最近の濱口氏の「新書本シリーズ」とも呼べる代表的な著作をあげてみます。

 「新しい労働社会―雇用システムの再構築へ」  岩波新書(2007年)

 「日本の雇用と労働法」                                         日経文庫(2011年)

 「若者と労働―「入社」の仕組みから解きほぐす」  中公新書ラクレ(2013年)

 「日本の雇用と中高年」                                         ちくま新書(2014年)

 「働く女子の運命」                                                 文春新書(2015年)

濱口氏は「労働社会」「労働法」「若者」「中高年」「女子」というキーワードを手掛かりに様々な角度からスポットライトを順序よく当てていくことで、複雑で難解な「日本型雇用システム」の全体像(歴史的経緯も含めて)を浮き彫りにすることに成功しています。裏返していえば、これだけの角度からスポットライトをあてていかない限り、わが国の雇用問題の複雑で難解な「全体像」は容易には見えてこないということでしょう。

本書でも述べられているように「雇用システムというのは社会システム全体の一部分システム」です。その全体像を隈なく捉えるためには時系列の歴史的分析に加えて、日本経済全体のレベル、個別企業の経営環境や労使関係、働く人の意識や所得レベル、雇用法規と労働慣行、年金、世界的な雇用問題(中高年対策、年金問題など)、さらには高等教育(新卒の就活など)までも含む、極めて幅広い関連テーマを視野に入れる必要があります。

日本の雇用問題/労働問題については新聞、テレビ、インターネットなど、ありとあらゆるメディアで「同一労働同一賃金」「女性管理職比率」「ホワイトカラーエグゼンプション」「限定社員」などの話題が声高に議論されていますが、一体本当にどれだけの人が問題の全体像や本質を理解しているのでしょうか。「小難しい専門用語や聞いたことのない概念ばかりで、何がなんだかさっぱりわからない!」と感じている方もきっと多いのではないかと想像します。

わが国の雇用問題の「将来やあるべき姿」について真剣に考えることが難しい理由は、わたしたち自身が拠って立つ足場であるところの「現状認識」が、極めて難しいからです。すなわち、「日本の会社で働く」ということは一体どういうことなのか?長期にわたって行われている人事異動(職務の書き換え)という雇用慣行がどれだけユニークなことなのか?

たとえば僕は群馬県(高崎市)出身ですが、もし自分が生まれて以来一回も郷土の群馬県を出たことがなければ、他県や他の地域との慣習や気候、言葉や文化の違いはわからないでしょう。たとえ本で読んでも「ふーん、他の県ってそんなに違うのかなぁ」という程度のあいまいな理解で終わってしまうはずです。

それと全く同様に、もし自分が日本企業(メンバーシップ型雇用契約)でしか働いたことがなければ、そうでない環境(ジョブ型雇用契約)で働くことや、そこでの仕事の進め方や働き方や喜びや苦しみをリアリティをもって理解するのは至難の業でしょう。

そこで、日本の現状をわかりやすい言葉で説明するためには、いったんわが国の雇用システムの「外」(アウェイ)に立ち、日本の社会経済の歴史的事実も踏まえて冷静かつ愛着をもって記述していく必要があります。ただ、そこで自分自身の立ち位置を完全にアウェイにしてしまうと「日本は特殊でガラパゴス、だからダメだ」という単純な現状批判(日本を非とし、世界を是とする姿勢)におちいってしまいます。

おそらく濱口氏の著作が大勢の読者から支持されている最大の理由は、元厚労省官僚かつ研究者という正統派のキャリア経験から滲み出るキレ味のよい分析力に加えて、日本人インサイダーとしての「愛のムチ」がほどよくブレンドされている点にあると思います。だからこそ、どの本を読んでも良識的な「語り」に安心して身を任せることができるのです。ただ、ときには厳しいスパイスの効いた警句をちらりと挿入するあたりのさじ加減の巧みさはプロの職人芸を見ているかのようです。

さて、同氏も指摘する世界共通の雇用政策は「長く生き、長く働く」(Live Longer, Work Longer)というものです。世界的な高齢化社会が進む中、仕事ができる「現役世代」をいかに確保し、労働者の活力や可能性を引き出していくか。彼らの労務にどれだけきちんと報いることができるか。このように、日本も含む先進国が共通してめざす目標は同じです―Live Longer, Work Longer。各国がこれをいかに達成していくか。

日本では「戦後から高度経済成長期」の社会人口動態、オイルショック等の経済変動にもっとも適合的だったシステムが、会社の採用権・人事権の裁量を最大限に許容する「メンバーシップ型雇用契約」でした。もちろんいまでも、学生から社会人への接合部分(就活と新卒採用)は、就業経験のない若者を全員あまねく受入れるという観点から、メンバーシップ型契約の有効性は変わりありません。新卒入社後、各人のジョブが正式に決まるまでの「モラトリアム期間」に相応しい契約形態が、わが国のメンバーシップ型雇用契約といえるでしょうか。

しかし、誰であれいつまでもモラトリアム期間(ジョブが定まらない状態)に安住するわけにはいきません。遅かれ早かれ、自分の「ジョブ」(職業、職種、職務)を決め、そのジョブを通じて会社組織および社会に個人として貢献をしていくことが求められるはずです。同氏も指摘するように「(少なくとも)中高年期からはジョブ型正社員のトラックに移行しておくことが不可欠の条件」(P210)となります。

そこで、ここから先は僕個人の経験にもとづく提言になりますが、新卒入社時に「メンバーシップ型雇用契約」(職務非限定正社員)を結ぶ場合、期間の定めのない契約は原則NGとし、例えば上限Max 10年などの有期雇用契約とするという方向が望ましいと考えます。すなわち、新卒入社の人が10年間働いた後は、全員、「ジョブ型契約」(職務限定正社員)へ切り替える。なおジョブ型契約は、期間の定めのない契約を可とします。

一般的に正社員は3―4年おきに配置転換があるでしょうから、勤続最初の10年間で2-3回のジョブローテーションを経験できるでしょう。そこで10年働けば、「自分にどんな職種が向いているのか」「この会社でずっと働いていけるか」がわかってくると思います。さらには中高年雇用対策として「40歳以上の労働者とは会社はメンバーシップ型契約は結べない」「40歳以上の雇用契約は、すべてジョブ型とする」という規程を設けてもよいかもしれません。そうすれば、現在60歳としている定年年齢も65歳(年金受給開始年齢)まで容易に延長できるでしょう。なぜなら、40歳以降はジョブ型契約=非年功賃金のため、無理に60歳で定年退職扱いにする理由がなくなるからです。

ジョブ型契約の賃金については「同一労働同一賃金」がそのままあてはまります。というのも彼らは全員、職務限定社員だからです。法制化するには労基法の賃金パーツと最賃法を統合した「均等賃金法」(米国のEqual Pay Act)が必要となるかもしれません。そこでは「同一価値」の定義(あるいは参考となる職務分析の測定指標)を条文で記載していくのが望ましいでしょう。外資系では「ジョブサイズ」という概念で、部門間職種間の異なるジョブを共通の指標でスコアリングし、ジョブの「重さ」を測定します。

これらのジョブ型契約の根幹となるのが「職務記述書」(JD。ジョブディスクリプション)です。僕自身、過去にいくつかの会社組織のJDを作成してきた経験を踏まえても、やはりすべてのジョブのJDを作るのは大変労力を要します。しかしながら、社内の職務を明確化し、各々のジョブのJDを整備しない限り、ジョブ型社会への移行は不可能なのです。JDの調査・作成は大変な作業ですが、その労に報いるだけの価値ある仕事です。なぜなら、JDはジョブ型雇用契約の根幹をなす組織インフラであり、ジョブ型組織の人材マネジメント・賃金管理に必要不可欠なツールだからです。

さて、濱田氏の「次なる一冊」はどんなテーマでしょうか?「解雇」?「定年」?「異動・出向」?「賃金・賞与」?「職務給」?、それとも…?  (May 25, 2016)

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