断章〜Exemptすなわち「裁量労働制」と「高度プロフェッショナル制度」をめぐる冒険

これまで一年近くにわたってHamachanブログに投稿して本ブログでもご紹介してきました標記テーマのエントリ〜日本における時間外労働非適用者(Exempt、エグゼンプト)をめぐる議論を一気にご紹介しますのでお時間ある時にじっくりとご笑覧ください。 ーーーーーーーーー この10年間を翻って当時(あるいは今も)本当にわが国で実現したかったことは何だったのか?と思いを馳せると、それはまさしく欧米の人事慣行でいうところのエグゼンプト(適用除外者)だったはずです。そして、欧米のExemptとは一体何かといえば、主に管理職や事務スタッフや専門職など相対的に高度な職務に就くワーカーを対象とする「時間外法制」からの適用除外」の制度にほかなりません。 Hamachan2007論文でもいたく強調されておられた通り、そして残念ながら未だに完全に誤解されてしまった通り、本来のエグゼンプトはあくまでも「時間外法制」(overtime provision) からの適用除外に過ぎません。例えばアメリカであれば週40時間以上の労働に対する5割という割増賃金からの適用除外であって、個人ごとに週に定めらた労働時間そのものの軛から外れるような代物では決してありません。 すなわち、本来(欧米)のエグゼンプトでは、サラリーはあくまでも各人のジョブごとに定められる労働時間における「労務の提供」に対して支払われるものであって、業務委託や請負契約のような「成果物やアウトプット」に対してではありません。 ところがなぜか日本では、いつの間にか「自律的な」「高度なプロフェッショナル」「労働時間ではなく成果で処遇する」といった華やかな修辞句(タテマエ)が飾られ、それを受けて職種も年収も極めて特殊なハイレベルな領域に限定された特異な制度が生まれようとしています。 そのボタンの掛け違い、完全なる誤解がどこから始まったのか? きっとそれは、検討当初(あるいはもしや今でも)私たちがそこで生き働いている典型的日本企業の「正社員」のあり様が、労働社会のもっとも根幹な要素であるところの「職務」という概念を明示せぬまま何とか戦後ここまでやってきたということ(その極めて特異な働き方のスタイルで居続けていること)に最大のユニークさなり特徴があり、その事実に全くといっていいほど国民的に無自覚のまま、また当時「成果主義」なる国産流行コンセプトの元で欧米型社会を誤読し、本来であればジョブ型雇用社会を前提に理解すべきだったエグゼンプトを好き勝手に都合よく(和風に)解釈してしまった故なのでしょう。 ジョブ型社会の中では、マネジャーであれ専門職であれ(つまりエグゼンプトであっても)企業や役所など組織に雇われる労働者には、それぞれ職種や職務に応じた労働時間及びサラリーが決められています。高度な職務に就いて高い収入を貰っていることと、一定の労働時間の下で働くことは全く矛盾しません。 というのも、組織に雇われる労働者はあくまで労務提供の対価としてサラリーを貰っているわけであって、個人事業主や業務請負者のように純粋な仕事の成果物(仕事の完成)で対価を得ているわけではありませんから。( 2017年7月15日 (土) 10時08分) 毎日、世の中がそして雇用のあり方が、少しずつ確実に動いていますね。そして、日本の労働時間法制の問題はやはり根が深いですね。 ちなみに、10年前にエグゼンプトの議論が出始めた頃と現在の状況の一番の違いは、やはり長時間労働そのものが問題とされるようになったことです。当初は、広くエグゼンプトを導入することで長時間労働問題を解決できる、一石二鳥の制度だと皆んな思った訳です。 しかし実際には、長時間労働の問題と、エグゼンプトの問題は、両者が影響しあうものではありますが、別々に対処していかないといけない課題です。すなわち、いま始まりつつある勤務インターバルや36協定見直しなどによる長時間労働そのもののカット。これは管理職も含めた全労働者に当てはまる話です(なぜか日本の場合、管理職は例外だと勘違いされていますが…) もう一つが、いわゆるエグゼンプトの話。これは、例えば管理職や専門職や事務スタッフ職や外勤営業職などエグゼンプトの対象となる職種や職務を予め法で定めて、その上で年収要件(アメリカでは現在五万ドル程度)をクリアした労働者に対し、彼らをエグゼンプトとして時間外法制の適用除外とする制度ですね。 一定の年収を貰い相応のレベルの仕事をしている以上、残業代も併せた時間給で細かく賃金計算するのではなく、定められた週及び年間の労働時間に対する全般的な労務提供に対してサラリーを支払うものです。その代わり、エグゼンプト社員には年間労働時間をキープすることを条件にある程度の働き方の自由、すなわちどこで働くかどの時間帯で働くかという部分に関してフレキシビリティが与えられているのです。 日本の場合、労基法で定める管理監督者があたかも労働時間関係なく無限定に働かないといけないような錯覚がありますよね。しかし、本来マネジャーであっても担当者であっても、定めらた労働時間そのものは同じで、あくまでも残業が発生した場合にそれを割増賃金で支払うか、それは年収(サラリー)に込みだというだけの違いなのですが…。( 2017年7月16日 (日) 14時20分) いつもながら全くの私見ですが…まさに上でご指摘にあったわが国の「残業することがデフォルト」の古き雇用慣行のあり方を、大至急そうではない方向(ワークライフバランス)に変えていくための実現手段こそが同一労働同一賃金やダイバーシティやワークシェアリングやテレワーク等の一連の「働き方改革」であるという前提に立てば、今回の高度プロ制度のようなこれらの改革を撹乱するオプションは(混乱要因でこそあれ)今急いで導入するだけの合理的な理由を見つけるのはやはり相当無理があると言わざるを得ませんね。 おそらく、それは2025-30年くらいでしょうか?我々日本人の働き方や意識が(上述の改革が奏功した結果)世界中の人達と同じようになった頃に初めて、労働改革で積み残した残りの重要なテーマ(転勤法制や解雇法制やエグゼンプトなど)の改革に、抜本的な労働法の見直しと併せて取り組んでも遅くないと思うのです。 優先順位をつけて、本当に重要な課題から一歩一歩解決していくことこそが、この複雑で捻れた日本の雇用社会の改良に一番望まれる姿勢ではないでしょうか。(2017年7月22日 (土) 08時31分) 今朝の日経一面記事曰く「連合、「脱時間給」容認を撤回、政労使合意は見送り」…との結果ですね。NewsPicksのコメントを見ても、果たして様々な論者がにぎやかに賛否両論、議論はかなり混沌としています。 そこで、近い将来にこの同じテーマが日本の労働法改革のアジェンダに再々浮上してきたときのことを想定して、これまでの拙コメントを整理する意味でも以下の備忘録を勝手ながら記載させてください。 ー 日本人の長時間過重労働からの脱却というテーマ(「働き方改革」)はいま正に始まったばかり。このモメンタムを継続していくことで、諸外国と同様の「残業しないことがデフォルト」の雇用社会を実現していくことが今後5-10年間の最優先課題となるはず。 ーそれを実現するための手段として、残業規制の強化(36協定の上限時間や残業割増率の見直し)、勤務インターバル制度の導入、フレックスやテレワーク、ワークシェアリングなどの各種人事施策の推進が重要。 ー上記手段とは別次元の重要な手段として、ダイバーシティ(女性活躍推進)及び同一労働同一賃金の推進。これによりワークライフバランスの実現も近づいてくる。 ー今回見送りになった「高度プロフェッショナル制度」(略称、高プロ)は、今後も政労使の客観的な議論のもとでその必要性や適格性が入念に再検証されるべきテーマだろう。 ーというのも、欧米のExempt制度(時間外規定からの適用除外制度)と「高プロ」は(きっかけは同一なるも)結果的に仕上がった姿は全く以って非なるもの。 ーその誤解の大元の原因は、われわれ日本人が自分たちの寄って立つ雇用社会(メンバーシップ型契約)と世界標準のジョブ型との大きな違いに無自覚のまま(その前提条件の違いの重要性に気づかずに)検討を進めてしまったこと。 ー本来のExemptはあくまでも1週間あたりの労働時間の時間外規定(割増賃金)からの適用除外であって、労働時間規定そのものをなしにするものでもなければ、自律的に働く個人が「成果」で処遇されるとの個人事業主さながらの請負契約ライクのものでもない。(そもそも「高プロ」は雇用契約が当てはまるのか?労基法上の「労働者」なのだろうか?) ー将来的に、日本の雇用社会が「残業しないことがデフォルト」になった暁に、満を持してExemptを是々非々で議論すればよい。 そして、以下は想像(空想)といいますか、私個人のささやかな期待でありますが… ーその時には日本企業のダイバーシティもさらに進み、同一労働同一賃金のもとで各人の働きに応じた賃金がより正当に支払われ、各社とも中途採用の人材争奪戦によって労働市場も活性化することで賃金上昇圧力が生じ、外部労働市場によるサラリーの相場感が形成されていくだろう。 ーこれらの結果、日本人の労働生産性や賃金やエンゲージメントといった労働指標が改善され、社外に開かれたジョブ/ポジションの公募機会をめざして国内外/社内外から意欲ある候補者が競争しあうイメージ…。( 2017年7月26日 (水) ) それでは改めて、現実問題として、この日本の現行の労働時間法制性下で、残業代支給対象の彼ら管理職手前のホワイトカラーに対し、上のマネジャーポジション(残業代非適用者)と逆転しないように、どのように処遇すればよいのか? 私の知る限りこの問題の唯一の解決策は(外資系でよく)「セミエグゼンプト」と呼ばれる手法。これは、毎月の所定残業代(例えば45時間、36協定に合わせる)を予めベースに含めておく(ただし本人への給与明細で明記要)か、固定残業手当として別費目で別途支給することで、ベースサラリーを底上げして年収水準を一定値に(上のマネジャーポジョンと逆転せぬよう)コントロールする仕組みです。もちろん、彼らは(管理職や裁量労働者とは異なり)時間管理の対象者ですから、所定残業45時間を超えた場合は超過分の残業代を貰えます。 まあこれは、別に目新しい制度でも全くなく、外資系(日本法人)であればどこでも導入しているいわばストリートワイズかつリーガルディフェンシブな実践知…。ただ、労組のある日本の大企業では導入はやや難しいのかなぁと思っていた矢先に…とうとう出ましたね。 本日の日経新聞一面によれば、トヨタのホワイトカラー組合員の上位半数7800人対象に導入意図。希望者を募る、とのこと。またその日経記事の取り扱いも「政府で議論が進む「脱時間給」の要素を現行法の枠内で先取りする」と熱く、ようやく「高度プロ」や「脱時間給」の果てしない議論から「脱する」ことができそうかな、と胸を撫で下ろしましたね。 以下、小職なりに若干のコメントを… 新制度導入希望を募る対象者7800名(主任級。係長含む。ホワイトカラー組合員の上位半数)のどれだけが応募するか?が勘所ですが、勝手な予想では4分の3(7、8割)くらいでしょうか。上位層は固定残業手当の一定額17万円では不利益変更になるでしょうし、目玉でもある自由な働き方(テレワーク&フレックス)にまだあまり魅力を感じないコアな(若き)保守層も少々いるでしょうから。 この制度(セミエグゼンプト)がトヨタで奏功し、他の日本企業もこの制度の導入の流れが起きれば、現行の「働き方改革」、長時間労働削減の流れに勢いが生まれ、日本の雇用社会が望ましい方向(ワークライフバランス)へ一歩近づくでしょう。その意味で、流石日本を代表するトヨタさん。大きな一石を投じましたね。(2017年8月 2日 (水)) 先週1/22から始まった通常国会では「働き方改革」が憲法改正と共に重要なアジェンダとなり、安倍首相は「『働き方改革』を断行する。子育て、介護などさまざまな事情を抱える皆さんが意欲を持って働くことができる、誰もがその能力を発揮できる柔軟な労働制度へと抜本的に改革する」。そしてこの「働き方改革」を「70年ぶりの大改革」と評し、長時間残業削減、同一労働同一賃金、高度プロフェッショナル制度の実現に強い意欲を示しています。他方(労働者の立場にすれば当然とは思いまが)野党はいっせいに「高度プロ制度(脱時間給)」に反対を表明し、対立姿勢を崩していません。 … Continue reading 断章〜Exemptすなわち「裁量労働制」と「高度プロフェッショナル制度」をめぐる冒険

雑感〜高度プロ制度導入への4要件とは?

混乱が続く「働き方改革国会」…。 もっとも裁量労働制度の無防備な拡大には私も強くNoと申しましたが、様々な関係方面のご意向や私個人のビジョンやニッポンの将来への期待や雇用社会の展望(および諸々の政局や時勢など)を踏まえますと、以下に記載する「高プロ導入の4要件」を前提にあえてこちらにはYesといってみたい気持ちになったのです…。 というのも、遅かれ早かれ来たるべき「ジョブ型雇用社会」に対して不必要なアレルギーを持たず、少しでもいいから早めに「慣れていく」ことがニッポン人総体にとって極めて重要と考えるからです。そのためにも、実験的に制度対象者を(少なくとも当面の間は)相応のハイレベルな人材に限定し、労使であるいは本人と上司と人事部でしっかりと制度運用をモニタリングしてノウハウを積んでいくことが求められます。 具体的には、すでに新たな「高プロ」の法案の中で全て検討/包含されているとは思いますが、私が考える制度導入の「4要件」は次の通りです。 1、定められた高位水準の「年収」(平均給与の3倍)を上回ること 2、職務を限定し、「ジョブディスクリプション」によって対象者の職務範囲を特定すること 3、「本人同意」が得られサインされていること 4、一定の休息時間や休暇など「健康への配慮」がなされていること、また「労働時間の記録」を行い超過勤務のリスク評価を定期的に行なうこと 上記全ての条件(高プロ導入の4要件)をクリアした場合に当該対象者について高度プロの適用を認めるということであれば、おそらく大多数の一般的な労働者にとって(裁量労働制度で懸念されていたような)大きな問題やリスクはほぼないでしょう。 そして部分的とはいえ、これはニッポンの雇用社会が世界標準の「ジョブ型雇用システム」に近づく第一歩となりえます。とりわけ各人の職務範囲を限定する「ジョブディスクリプション」が初めて義務化されるという点に目覚ましいエポックと可能性を見い出し、期待したいのです。 いやいや、まさか本制度導入によって(安倍首相のいう)「柔軟な働き方」や「生産性向上」がそのまま達成されるなどという希望的観測をそのまま信じるほど私もウブではありませんよ。過去に何度も説明したように、じっさい前者の柔軟な働き方は現行の変形労働時間法制化でも十分実現可能ですし、後者の生産性向上は長時間労働削減の取り組みで主に達成していくべきものです。むしろ私がこうしてそれなりに楽観的で平静でいられるのは、仮に導入や運用が多少うまくいかなかった場合でも高プロの対象者はいたって少数で影響範囲は極めて限定的だと思えるからです。 新たな時代を目前にし、国家として、国民として、まったくの新しい仕組みや考え方に対し早めに準備や経験をして自分たちなりの「免疫」を積んでいくことはとても大事なことです。戦後日本で発達したメンバーシップ型雇用から、現代の世界標準の働き方としてのジョブ型雇用へ。今がまさにその過渡期にある中、出来るところから一歩ずつ将来への布石を打っておくことに越したことはありません。ところで、「高プロ」という名称はいかにも言いづらい。いっそのこと「高度限定社員」とでも改めて和風に名付けませんか。  

雑感〜最新のドイツ「労働4.0白書」から学ぶこと(裁量労働に関する示唆など)

おそらく現時点でもっとも重要な論争テーマである、現状の「働き方改革」国会における「裁量労働の時間外データ」をめぐる議論、そしてそもそもの「裁量労働」について…。これを「とんでもない失策/混乱〜できうれば一切回避したかったゴタゴタ」と否定的に見るのか、あるいは、そうではなく「本来なら事前段階でなされるべき正当な論争〜遅かれ早かれいかなる形であれ政労使の誰かから突つかかれるべきだったポイント〜現状の裁量労働の法制度とそのリアルな運用実態に関する労働者サイドからのいたって当然の反論」とやや肯定的(というか開き直って)見るかによって、現在まさに起こっている想定外の事態をより冷静かつ正確に捉え直すことができるのではないかと考えてみたいのです。 ブログ読者は重々承知のとおり、多くの日本企業で働くニッポン人労働者が置かれた現状は、そうでなくても「あまりに人間的な」「いつでもどこでも何でもあり」の「無限定性」をベースラインとした集団的雇用慣行の世界で生きています。そこでは、諸外国では雇用契約の基本/大前提であるところの「各人の職務」(業務の内容と責任)が定められておらず、過大な雇用保障の代償としてか、各人のジョブが(勤務地も含めて)使用者の裁量で一方的に決められています(余計なお世話かもしれませんが、本当に今後もずっとこのままでよいのでしょうか…?) このようなメンバーシップ型雇用慣行を前提にした(和製Exemptたる)「裁量労働制度」がそもそも日本企業で適切にワークするのか?という論点は本来であればそもそもかなり大きな疑問符のはずであり、それを検証せずに見切り発車してしまっている現状は(ある意味で)壮大な社会実験を見せられているかのようです。少なくとも裁量労働制度の対象者を拡大する前に、まず現状の法制度及びその趣旨と企業における理解度や運用実態における「乖離」をしっかりと正視することで、関係者の現状認識を一致させていく必要がありそうです。 …いつものようにかくも心に移りゆくよしなし事をつらつらと夢想していたところ、いたく参考になりそうな興味深いレポートを見つけましたので早速目を通してみました〜以下に主なポイントを記載しますが趣旨がずれていた場合はお詫びします。 ◎ディスカッション・ペーパー「第四次産業革命による雇用社会の変化と労働法政策上の課題-ドイツにおける“労働4.0”をめぐる議論から日本は何を学ぶべきか?」(By Y. Yamamoto、JILPT)  http://www.jil.go.jp/press/documents/20180226.pdf ◆デジタル時代における良質な働き方(Gute Arbeit)のための4つの目標 第一の目標:あらゆる個人の「エンプロアビリティ」(就業能力)の確保。アドホックではなく、各人の生涯キャリア全体にわたるもの(cf. キャリア権) 第二の目標:働き方の多様性の拡大、柔軟化(自己決定性、時間主権)のさらなる確保 →これは「雇用を前提とした労働時間/場所の柔軟化」と「独立自営業への移行」という2つのベクトルをもつ。 第三の目標:「独立自営業」という働く方を促進するための社会的セーフティネット 第四の目標:労働者の「健康面やプライバシー」に対するリスクからの保護 ◆第二の目標(労働の多様化、雇用の柔軟性)に関する労働時間政策の具体的な提言 提言1:「期限つきパートタイム労働への転換権」(復帰権)の創設 →これは、パートタイムに固定化されてしまう弊害(いわゆる「パートタイムトラップ」)を防ぐための手法 提言2:「労働時間選択法」の整備 →これは、労働者が労働の「時間と場所の柔軟化」に関して「使用者と協議する権利」を認めるもの。 ◆第四の目標(過重労働のリスク)への配慮 上記の労働時間選択法に関する提案では「相当に厳格な形での要件設定」が行われており、この法律で「労働時間規制からの逸脱」が認められるためには、使用者側は労働者側の利益代表(労働組合と事業所委員会)との間で労働協約と事業所協定をそれぞれ締結する必要がある。 とりわけ「労働時間の記録とリスク評価の実施」が定められなければならない。さらに「対象労働者本人の同意」も必要となる。 ーーーーーーー 以上のレポートから分かる点ですが、労働先進国たるドイツですらここまで慎重に進めようとしていることを思うと、職務範囲が無限定のメンバーシップ型雇用がデフォルトの日本企業で現在論争中の「裁量労働制度の拡大」という方向性に進むこと自体が、いかに無思慮かつ無防備で、労働者にとってリスクを孕むものか〜一方で使用者に対して過大なフリーハンドを与えるものか〜ということです。 すなわち今回の「働き方改革」国会で現状の制度と運用の問題点を直視せぬまま、労働法の「大改革」と称していっそうの裁量労働制度の適用拡大を目指すことはいかにも不適切であり、決して「ニッポン(人)」のためにはならないことが分かります。 今がとても重要かつセンシティブな局面であることは小生ももちろん理解しているつもりです。そうであるからこそ、関係者皆さんが「誤った現状認識」の下、国民全体にとって極めて影響度の高い労働政策をミスリードして一国の舵を誤ってあさっての方角へ切らぬよう、切に願う次第です…。

論考〜新たな「裁量労働制」に社会正義は存在するのか?

現在国会で審議中の労働法改正案、「働き方改革」のディスカッションの論点は何と言っても「高度プロフェッショナル制度」と「裁量労働制の拡大」です。Yahoo Newsで法政大中西さん(キャリアデザイン学科教授)が労働者保護の観点から根本的な懐疑を示していますね。また別の記事で河合薫さん(健康心理学者)も、いくつかの条件が整備されていない現状で反対されています。 人事専門家としての私自身の立場としても、労働者保護の観点から現時点では両案を通すことに「時期尚早」と判断します。やはり、優先順位の高いテーマであるところの「長時間労働削減」と「同一労働同一賃金」の2点にフォーカスすべきです。その後、近い将来に「残業しない働き方」が日本社会のデフォルトになったとき、すなわち過労死や過労自殺やサービス残業という悪しき慣習や実態がなくなったといえる時に堂々と上記法案を審議していくことが望ましいと考えます。今回のようにより重要かつ優先度が高い別のイシューがある時に、それらを相殺しかねない逆ベクトルのこれらのテーマを通そうとするのはかなり無理がある強行スケジュールに思えるからです。 ーーーーーーー 「働き方改革」一括法案、連日24時間勤務の命令も可能に。制度の欠陥では、との問いに厚労省担当者は沈黙 https://news.yahoo.co.jp/byline/uenishimitsuko/20171218-00079405/ 上西充子 | 法政大学キャリアデザイン学部教授 2017/12/18(月) 16:28 「わたしの仕事8時間プロジェクト」が厚生労働省担当者に対し、「働き方改革」一括法案の問題点について質疑 「8時間働いたら帰る、暮らせるワークルールをつくろう」というネット署名活動(※1)に取り組んでいる「わたしの仕事8時間プロジェクト」(※2)が、これまでに集まった署名15,044筆と1,500件あまりのコメント一覧を2017年12月6日、厚生労働省に提出した。署名提出の際に、「わたしの仕事8時間プロジェクト」のメンバー6名が厚生労働省労働条件政策課の担当者に対し、「働き方改革」一括法案(要綱)(※3)について質疑を行っている。その概要の一部が、下記の署名提出報告に掲載された。 ●「わたしの仕事8時間プロジェクト」署名提出のご報告(2017年12月16日) 年明けの通常国会に提出が見込まれている「働き方改革」一括法案(現在は「要綱」のみ公開)には、「残業代ゼロ法案」と言われてきた「高度プロフェッショナル制度の創設」と「裁量労働制の拡大」が、「時間外労働の上限規制」の「抜け穴」として組み込まれており、既に下記の通り各団体から問題点が詳しく指摘されている(※4)。 ●全労連:【意見】「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」についての意見(2017年9月26日) ●日本労働弁護団:「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」(働き方改革推進法案要綱)に対する意見書(2017年11月9日) ●日本弁護士連合会:働き方改革を推進するための労働基準法の一部改正案の国会提出に反対する会長声明(2017年11月22日) しかし安倍政権が国会の開催を避け続けたまま解散に踏み切り、選挙後もわずかな日程しか国会を開かなかったことから、この「働き方改革」一括法案の問題点が国会で詳しく審議されるには至っていない。 その中で「わたしの仕事8時間プロジェクト」メンバーが厚生労働省担当者に「働き方改革」一括法案の問題点についてただした12月6日のやり取りの内容は、国会質疑にかわるものとして注目される。 以下では、やり取りの内容を「わたしの仕事8時間プロジェクト」(以下、「プロジェクト」と表記)の許可を得て転載し、その意味するところに筆者なりの解説を加える。囲みは質疑概要の転載であり、囲み以外の本文は筆者の解説である。 「わたしの仕事8時間プロジェクト」厚生労働省担当者との質疑概要(一部) 日時:2017年12月6日(水)11:00~12:10 当方(○):「わたしの仕事8時間プロジェクト」メンバー6名 先方(●):厚生労働省労働条件政策課 課長補佐・金子正氏、法規係員・榎孝謙氏 端的に結論を述べれば、プロジェクトメンバーによる問題点の的確な指摘に、厚生労働省担当者はまったく反論ができていない。「高度プロフェッショナル制度の創設」や「裁量労働制の拡大」は、過重労働・長時間労働を促進する恐れが強いと言わざるを得ない。 「高度プロフェッショナル制度」の対象は限られた高年収者か? 「高度プロフェッショナル制度」は、労働基準法の改正によって新しく設けようとされている働き方であり、労働基準法が定めている時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の規定を適用除外とするものである(下の表を参照)。 つまり、三六協定を結ばずに時間外・休日労働を指示することができ、その時間外・休日労働は三六協定の制約を受けないため上限がない。また、その時間外・休日労働について割増賃金を支払う必要もない。さらに、毎日の労働時間に応じた休憩を設ける必要もない。 働かせる側にとっては随分と使い勝手がよさそうな働かせ方だが、働く側にとっては過重労働・長時間労働に対する歯止めが極めて弱い働き方だ。 この「高度プロフェッショナル制度」について、「年収1,075万円以上の労働者だけが対象であり、一般の労働者には関係のない話だ(だから気にするな)」といった報じ方がされることがある。その点について、プロジェクトメンバーの問いかけ(〇)と厚生労働省担当者の回答(●)は、下記の通りだ。 ○ 法案の「高度プロフェッショナル制度」の年収要件は1,075万円だと報道されているが、そうなのか。 ● 法律には平均給与の3倍の額を相当程度上回る水準と書く。パートを含めた平均給与は現在300万円強であり3倍であれば900万円台になるが、それを相当程度上回るとして1,075万円と省令で示す。それだけの高収入がある人であれば、使用者に対して交渉力が高い。そういう人に限るとしている。 ○ 前の厚生労働大臣は、経済団体との朝食会で、「高度プロ制度は小さく産んで大きく育てる」といったそうだが。要件はいずれ下げられるということではないのか。 ● かつて、年収400万円を基準とした制度が提案されたことがあった。使用者側からはそういう要望があり、それを立法化しようとした経緯がある。しかし、前大臣の発言は、今度の制度は小さく産んで大きく育てるというものではない、というものだった。一部を切り取られて使われて誤解を広げてしまった。要件を下げるつもりはない。 ○ リークされた大臣発言をみると、たしかに「我々としては小さく産んで大きく育てる、という発想を変える」と言っているようだが、その文脈は要件を下げないというものではなかったのではないか。「少ないところでスタートし、とりあえず入っていく。経団連が1,075万円の年収要件を下げると言うので批判が大量にきている。そこは、ぐっと我慢してほしい。とりあえず通す」と言っている。いずれは年収要件を下げて、規制の適用を外してもよい労働者を増やすから、今は我慢してとの趣旨にしか聞こえないが? ● ……(答えず) ここで言及されている「年収400万円を基準とした制度」は、経団連(日本経済団体連合会)が2005年6月21日に公表した「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」のp.13に明記されている。 また、経済団体との朝食会における塩崎恭久・前厚生労働大臣の発言は、2015年4月20日のものであり、下記の記事に音声データと文字起こしが収録されている。 ●塩崎厚生労働大臣、「残業代ゼロ」法案は「ぐっと我慢して頂いてですね、まあとりあえず通す」と発言(佐々木亮) - Y!ニュース(2015年4月28日) これを見ると確かに、「今は我慢して」という趣旨の発言としか思えない。仮に今の法案要綱の規定通りの条文で制度が創設されても、後の法改正における年収要件の引き下げが、あらかじめ織り込まれていると考えるべきだろう。 「高度プロフェッショナル制度」の対象者に裁量はあるのか? 労働時間規制をすっかりはずしてしまう「高度プロフェッショナル制度」では長時間労働を防げないという指摘に対し、「年収が高い労働者が対象者であり、交渉力が高い(ので大丈夫だ)」と語られることがある。その点についてのやり取りは次の通りだ。 ○ 高度プロについて、「年収が高ければ、使用者に対して交渉力が高い」というが、なぜそう言えるのか。管理監督者でもないはずで、それなのに裁量が高いなどといえる根拠はなにか。 ● 管理監督者とはまったく別の枠組みで考えている。年収が高い高度な専門職で、裁量があって自律的に働くことができ、交渉力が高く、自分の意志で他の会社に転職ができるような人たちを想定している。 … Continue reading 論考〜新たな「裁量労働制」に社会正義は存在するのか?

あらためて「非正規労働」の過去/現在/未来を理解するために…(Web労政時報 Hamachanコラム要旨)

歴史はかくも繰り返すのですね…。 以下、Hamachan 先生のWeb労政時報コラムの要旨を掲載します。 ーーー 近年、経済のデジタル化に伴い、カジュアルワーク、モバイルワーク、クラウドワークなど、新たな非正規労働形態が雇用労働の内側と外側で急速に増加しつつある。この傾向は非正規製作の先輩格であるEUも同じで、ここ数年はその対応が大きな政策課題となっている。 しかし改めて振り返れば、こうした「デジタル時代の新たな労働形態」は現代的な労働市場が確立する以前の前近代に広がっていた「伝統的な非正規労働(日雇や出稼ぎや自営業)の形を変えた再現」という面もある。今日、時代の大きな変わり目にある我々は「伝統的」「近代的」そして「近未来的」という非正規労働の三段階を全て視野に収めた包括的観点に立つ必要があろう。 戦後日本の高度経済成長前1955年刊行の報告書「日本における雇用と失業」では、「失業の存在形態」として3種類(顕在的、潜在的失業、停滞的失業)を挙げた上、「停滞的失業」として「低賃金産業就業者」「家内工業労働者」「臨時日雇労働者」を示した。政府の認識枠組み上はこうした就業形態は決して本来の雇用形態ではなく、むしろ失業が潜在化した不完全就業(不安定就業)であると考えられていた。雇用と非雇用の双方に広がっていたこれらの就業形態は近年ILOが途上国労働市場について用いるところの「インフォーマルセクター」という概念と類似している。 不安定就業の中でも「近代的」だったのは「臨時工」や「社外工」といわれる近代部門の周縁的労働者だった。彼らは近代的非正規形態たる「有期労働者」や「派遣労働者」の前身として「本工と同様の仕事をしながら低賃金」で雇用は不安定だったため1930年代や50年代には大きく社会問題化したが、その後の高度経済成長とともに急速に減少し、「パートタイマー」や「アルバイト」に取って代わられた。また、建設業や港湾荷役業といった労働需要の「波動性」が高い業種においては「日雇労務者」という極めて短期の就労を繰り返す人々がいた。 ここまでは「雇用の内側」だが、その外側にも膨大な「非雇用労働の世界」が広がっていた。いわゆる「内職」は「家内労働」と呼ばれ、法的には雇用関係ではなく「請負による自営業」に含まれ経済的実態からすれば委託者に従属していたため、「労働者に準じた者」として先駆的に労働保護立法の対象とされてきた。自宅で作業ができるメリットもあり、彼らの大半は「女性」だった…。 他方、建設業の重層請負構造の末端である下請けを担う人々は「一人親方」と呼ばれ法的には請負による自営業者であるが、実態としては親方といっても他人を雇っているわけではなくある時は一人親方として請負で働き、ある時は建設労働者として雇われて働くこともありえ、その意味で彼らは「雇用と請負の両方」にまたがって生息しているとも言え、不安定就業としての自営業の代表的存在だった。 こうした「伝統的非正規労働形態」は、かつては労働政策の大きな関心の対象だったが、高度経済成長以後はあまり意識されなくなり、特にここ20年以上は「パート・有期・派遣」という3種の「近代的非正規労働」ばかりが政策課題であり続けてきた。しかし、今年3月発表の「働き方改革実行計画」には雇用型テレワークと並んで「非雇用型テレワーク」への対策も盛り込まれていることから「近未来型非正規労働形態」も既に射程に入りつつある。いわば、近代的な第二期労働政策が終了し、近未来型をターゲットとした第三期の非正規労働政策が始まらんとしている。 過去20年の推移を改めて振り返ると、第一期の不安定就業の問題意識に対応するような新たな就業形態が現代に続々と登場してきたことに気づかされるが、それは急激なITの進展や経済のグローバル化により国境を越えた生産要素の活用が進められたことで世界同時発生的に進行する新たな労働形態が日本においてもやや遅れ気味ながら着実に進みつつあるようだ。 雇用の「内側」では、雇用契約の存在を前提とした「雇用型テレワーク」(モバイルワーク)の新たなガイドラインが策定されているが、職場の同僚と離れて一人で作業を行うテレワーカーの労働時間を規制することには大きな問題が伴い、常時ネットワークでつながっていることが生活の基本となる今日、モバイルワークに相応しい法制度の見直しが求められる。また「日雇派遣」も雇用の「内側」に位置する一種の「オンコールワーク」であり、問題の本質に即した政策対応が求められる。 雇用の「外側」に広がりつつある自営就業が「非雇用型テレワーク」と呼ばれるのは、1970年の「家内労働法」以来の経緯によるもの。ただし製造業における加工委託だけが対象の同法では現在の在宅ワークの実態に適用できないため、「在宅ワークの適正な実施のためのガイドライン」を策定・見直しすることが求められる。 そして、さらにその先には急減なITによって開けてきた世界~プラットフォーム経済やシェアリング経済やコラボラティブ経済と呼ばれる、「広大な自営業の世界」が広がる。働き方改革実行計画ではこれを「雇用類似の働き方」と呼び、様々な問題点が噴出するも中長期的な課題としてその法的保護の必要性が検討されている(厚労省「雇用類似の働き方に関する検討会」2017.10)。 このように世界的なデジタル経済化の波を受けてこれまでの「労働法のあり方」の抜本的見直しの議論が高まりつつあるが、徐々に消えていくと思われていた伝統的な「家内労働」や「一人親方」こそがこれからの近未来の新たな労働形態として主流になりつつあるのかもしれない。 投稿: ある外資系人事マン | 2017年12月28日 (木) 12時32分 http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/3web-6ffc.html

所感〜中高年以降のジョブ型をデフォルトにする案はラディカルですか?

Hamachanコラム曰く、「リモートワークが広範に定着すれば、育児や介護を理由に仕事の継続を断念しているような人々も在宅で柔軟に働くことができ、多様な人財が能力を発揮することにもつながります」このように語る濱口氏は、それにもかかわらず、日本での普及が遅れている理由として長時間労働の問題が背景にあるからだという。… 「この制度(高プロ)は長時間労働を助長するとの批判が根強くあります。制度が想定するような職種かどうかにかかわらず、日本では長時間労働を求められるという実態があるからです。この点が改善すれば、高度プロフェッショナル制度のような新しい働き方の具体的な運用についても議論が進むようになるはずです」… 「すでに海外ではシェアリングエコノミーやクラウドワークスなど、新たに生まれるビジネスモデルや働き方に対して、労働者保護の観点をどう取り入れるかといったことへ議論の焦点がシフトしています。日本的な雇用の見直し論議に一刻も早くメドをつけ、世界標準のテーマに追いつくべきです」… はい、確かにこれらのご指摘に異論を挟む余地はないのですが、ではなぜ日本の長時間労働という問題が容易には解決できないのか?という点に思いを巡らせてみると、やはりいつものテーマに回帰せざるを得ないようです。 すなわち、私たち日本企業に特有のメンバーシップ型職務無限定包括契約という、その「あまりに人間的な」トーナメント社内競争構造そのものが日本人労働者の間に(意識せずとも)あまねく長時間労働を強いているのではないかと。そうであれば「一刻も早くメドをつけ」られるばかりか、その根幹たる「無限定性」を克服できない間は長時間労働という宿痾を解決するのはそもそも無理なのではないかと…。 では、何を一体どうすればよいか?という原点に関する一つの解決策は、例えば「労働契約法」において、新卒入社時に一般に締結される職務無限定契約の有効期限を10年間というように上限設定し、それを超えた場合は職務限定契約に原則全員切り替えるという「無限定性に対する縛り」を規定するもの〜職務の定まらない入社後一定期間を「モラトリアム期間」と位置付けるイメージです。 これはまさしく中高年以降のジョブ型をデフォルトにする案であり、そこに至る時間やプロセスも大事にできる方法でもあるかと思っているのですが…、少々ラディカルにすぎますか? 投稿: ある外資系人事マン | 2017年12月27日 (水) 06時01分 http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/2018power-of-wo.html

雑感〜「資格」がないと仕事に就けないのか?(Hamachanブログ書込み)

今朝の日経新聞「企業法務 弁護士調査2017」によれば、商社などを中心に現在、日本企業の法務部で活躍するインハウス(企業内)弁護士へのニーズがとみに増えてきているようです。また、弁護士資格のない法務部の一般社員に対しても求められる専門水準が上がってきているため、彼らの大半がロースクール出身採用と回答する企業もあります。 まさに日本企業の法務部スタッフに起こっているこのトレンドこそ、このエントリで議論されている中心テーマ(公的な資格でジョブに就くあり方)を先取りしてますね。 ところで、法務部の次に資格が必要とされそうなジョブは何でしょうか?おそらく会計士や税理士に匹敵する専門知識が本来必要なはずの経理部スタッフあたりでしょうか…。 そして、メンバーシップ型オペレーティングシステムの基幹組織たる、日本企業の人事部スタッフに世界標準のHRMの専門知識やクオリフィケーションが求められるのは、一体どのくらい先の話になりましょうか…。 まあ、差し当たっては喫緊の「働き方改革」をクリアするためにも、まずは社会保険労務士保有者を社内に置くことが先決かもしれませんが…。 投稿: ある外資系人事マン | 2017年12月18日 (月) 21時12分 http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/post-bd1f.html  

「働き方改革」をめぐる考察〜リクルートワークス機関誌「Works」を読んで

同記事で面白いなと思った箇所は、先進事例数社のヒアリング調査にもとづき「働き方改革」のポイントをいくつかの側面に着目し分析している点です。すなわち、事業構造改革、営業時間改革、意思決定手法改革、仕事の与え方改革、仕事の進め方改革、報酬制度改革、そして、人生の楽しみ方改革、と…。詳細は本文に譲りますが、これらの「改革」に求められている要素を(私なりに)要約すると「責任の権限の明確化」「業務フローの見える化と標準化」「(労働時間の多寡ではなく)職務の大きさと成果に基づく報酬」といった共通点が透けて見えるようです。 ずっと使ってきた自宅のパソコンに多少の不具合が見られたり動きが遅くなってきたりしたからといって急にオペレーティングシステムそのものをウィンドウズからマックに簡単には変更出来ないように、多くの日本企業でデフォルトOSとして使いこなしてきた無限定正社員(すなわちメンバーシップ型人事管理)は、会社自体が合併等で外資系資本にでもならない限りそう易々とは手放せるものではありません。 では、使い慣れたメンバーシップ型を維持させたままいかにこれらの「改革」に着手していくのか? もちろんこの場で易々と結論は出せるものでははありませんが、確実に言えることは、正規非正規含めた全社員一人ひとりの「職務と報酬の関連性」をいっそう高めていくことなのでしょうね。例えば、すでにある職種別等級基準書の精度と粒度をより高めること(JDとは言わないまでもそれぞれの該当グレードに合った仕事が何であるかが明確になるもの)で、目標管理制度で設定する各人の達成基準に公平感と統一感を与えるものを整備していくこと、など。 どっちにいても、どこにいても、より望ましい方向に向かって出来ることはまだまだたくさんあるかと思います。 投稿: ある外資系人事マン | 2017年12月17日 (日) 08時46分 (以上、Hamachanブログ書込みです) http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/145-766f.html#comment-116024649  

断章〜これまでも時代に逆行してきた私の働く意識とビジネスパーソンとしての身の処し方

若い時は、生意気にも社会人一年目から、自分がエグゼンプト(残業代非対象の非組合員)のつもりで、残業代は一切あてにせず、残業するも将来への投資と割り切って、また人事部員としてのプライドもあって、残業代は一切請求しなかった…。 中堅の時は、アフター5も何が起こるかわからず油断できないため、あるいは緊急や臨時の仕事にいつでもどこでも立ち向かうため、夕食は一切自宅でで食べず、仕事が終わった後に夜の新宿で一人立ち喰いそばやラーメンを食べていた。 壮年になると、日々の労働時間はたかだか10時間に落ちたものの、週末や祝祭日を除けばいわゆる有給休暇ほとんど取らなくなった。BlackBerry(iPhone)を片手に、いつでもどこでもメールに目を通して最速のレスを心掛ける。それは、まるで平日も週末も同様に息をしたり食事をしたりするように…。 そして今、アラフィフを目前に外資系日本法人の人事総務ヘッドとして丸の内オフィスでワークする日々…。もちろん、全く体力の衰えがないといえば嘘になるが、実のところ平日夜はジムに通い週末はボートまたは自転車を漕ぐことが習慣。充実したワークライフバランスといえよう。 このような一見無理もあり、痩せ我慢もある自分なりのライフスタイルが、グローバル外資系ファームの一線で働き続ける自分なりの矜持であり辛抱どころでもある。 しかるに、このようなマイノリティの自分のスタイルを、一般的な日本企業の同世代サラリーマンと比較をしてもナンセンス、仕方ないだろう。メンバーシップ型日本企業で働く彼らには、彼らなりの旨みと弱みがある一方、私には私なりの外資系プロフェッショナルにしかわからない勘所やリスクがあるのだから。 ゆえに、このような私自身の意識や感性は、日本で昨今流行の「働き方改革」どころではない、むしろその逆行だろう。時代に先行しすぎる時もあれば、時代が向かってくるとかえって逆行したくなるというこの天邪鬼ぶり…。 毎日同じ地下鉄の通勤電車に乗っていても、それぞれのビジネスパーソンのワークライフは、同じ方向のベクトルへ向かっているとは限らない。グローバル外資系にてこのように時代や流行の「裏張り」をするような生き方こそ、きっと私自身なりのリスクマネジメントでありバリュープロポジションなのだ。 これまで実に多様な経験を積んできた…日系及び外資系、業界や組織横断的な人事労務プロフェッショナルとして自分なりの矜持…。誰にも真似できない、独自なキャリアをじっくりと歩んでいきたいと常に考える日々である。ただ、果たしてその極北に見える景色はどんな光景なのだろうか…?  

日本電算 永守会長「日本は残業という延長戦で戦ってきたが、これからの勝負は午後5時まで。」

生産性の高い人は生産性の高い会社に入り、高い賃金を得る。 従業員同士の競争が激しくなり、結果的に成果主義になる。 日本は残業という延長戦で戦ってきたが、これからの勝負は午後5時まで。 働き方改革は必ずしもみんなを幸せにしないかもしれないが、総合的に国を強くする。 (11/30/2017 日経新聞 記事「生産性 考」日本電算会長兼社長 永守重信氏のコメントより)